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発達障害は治りません。

発達障害は治るのでしょうか?


→治りません(当たり前です!)。


なぜなら、

病気ではないからです。


手や足を失ったら、また生えてくるのでしょうか?

生えてきません。

発達障害も同じです。


だから「障害」という字を当てていると思います。


では、私たち親はどのように考えていかないと

いけないのでしょうか?


手や足を失った人は義手や義足を使って

生き生きと生活されています。

パラリンピックでも活躍されています。

このことがヒントになると思います。


不足していれば補うことをすればいい、と思います。


では、不足していることが多いのは障害者だけでしょうか?

それも違うと思います。

われわれ健常者だって、不足している部分はあると思います。

ならば、考え方は同じですよね。











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夏風邪?でも、習得することあり。

愛は最近、咳やのどの痛みを訴えていました。

それで、土曜日の午後に耳鼻科へ。

そこで、薬をもらってきました。

錠剤が2種類と水薬です。


そこで、今回から愛が自分で薬を取り出して

のんでもらうことにしました。

今までは私が取り出していました。

今度は、アルミシートを破って錠剤を取りださなければ

いけません。

ぎこちない手でしたが、なんとか取り出すことが

できました。


水薬は目盛にあわせてコップに取らないと

いけないので、

それは難しいだろうと私が準備していますが

それも、そのうちに

ちょっとずつ教えるつもりです。





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何を信じるか、は宗教に似ている。

現在は、書籍やメディアだけでなく

インターネットを通じて様々な情報を取り入れることが

できようになりました。


発達障害に関する情報もまた同じです。


それらを見ると、

いろいろな情報でも、全く正反対の意見や考えに

触れることもあります。

そのつど、「ああ、なるほどなあ」とか

「ほんとかなあ?」などと心の中でツッコミを入れたり(笑)。


しかし、よく考えると

そのいろいろな情報は何か「宗教」に似ているなあ、と感じます。


というのは、

宗教は世界にたくさんあり、日本は主に仏教ですが

その中にもいろいろな宗派があります。

当然、それぞれの宗教には独特の教えがありますし

何を信じるかも自由です。


しかし、「幸せを目指している」という点ではみな同じです。

不幸になるための宗教など無いからです。


世界中にたくさんの宗教があっても底に流れているものは同じ。

方向性は同じだ、と言えます。


発達障害に関する意見や考えもこれと同じだと思えます。

療育、食事、薬、生活習慣・・・。

自分の子供に対する親の気持ちは、考えが違っていても同じであるはず。


ならば、もっといろんな情報を載せるべきなのですが・・・・。


私は、ブログの書く内容(何を信じるか)は基本自由だと思いますが、

自分が医療関係の仕事をしている立場上、

効果が現時点において実証されていないものについて、

いい加減なことを書けません。



























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お父さんのジレンマ

私はまだマシかもしれません。

父親の会とかの話やネットのブログなどを

見ていると

「なかなか子供との時間をもてない」

と言う人が多いです。


しかし、こればかりはどうしようもないですね。

仕事で毎日遅くなる人、日曜日も仕事で

子供と休みが合わない等々、

単身赴任ならほぼ0。

いろんな人がいます。


だからこそ、

「休みの時は、ほんの少しでも子供とかかわる」という

お父さんもいました。


仕事から帰っても、夜が遅いので

子供たちは寝ているか、起きていても

勉強などみてあげる状態ではない。

何もしてあげることができない。


特に、若いお父さんにそういう人が多いような気がします。

おそらく、小さい子供を持ったお父さんは若い人が多いので

(年齢が上のお父さんは子供も学生になっているため)

そう感じるのだと思います。


一番子供とかかわりをもたなければいけない時に

かかわれないのは、見ていて歯がゆい気がします。


もちろん、母親が子供とかかわっているのですが

父親としてはなんとか母親をサポートしたいと

考えているはずです。

けど、実際できない。

そういうジレンマを抱えているお父さんは

大勢います。

こういうことを書いても

根本的な解決にはならないのですが

休みが取れなくても早退できるとか

会社などがサポートできるようになれば

いいんですけどね。






























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真実を見極める目が重要

このところ、

忙しいやらネタもあまりないのやらで

ブログの更新をしていませんでした。


で、気がつくと5日が経過。

先週末は

土曜日は、病院薬剤師会の近畿ブロックの学術大会に行き

日曜日は

久しぶりの中央図書館。


今日は仕事が休みだったので

愛ママとこれまた久しぶりに、くずはモールへ。

今は改装工事中の店が多かったのと平日ということもあり

人は少なかったですが

愛ママがウインドウショッピングをしてる間、

私は書店でいろいろ立ち読みしてました。


自閉症関連の本を見ていたのですが

いろいろ出てますよね。

その中で驚いたのは、

今でも自閉症の原因に水銀や一部の食べ物、薬を挙げている本がある

とうことです。

水銀の中毒になると神経症状が出る、というのは間違いでは

ありませんが、その逆は必ずしもそうではないので。


これらを原因に挙げて説明している書籍類に共通して言えることは

「説明している内容自体は概ね正しいのですが、拡大解釈をしている」

ということです。


えっ?「概ね正しい」?

「じゃあ、まずいじゃないのか?」と思うかもしれません。

しかし、違います。

該当のものを大量にそれも長期にわたって使ったら

起きるかもしれないということです。(起こるとはかぎらない)

実際にはそんなに使うことはありえないことです。

なので原因となる可能性はずっと(かなり)低いです。


それよりも他に体に悪いものはたくさんあります。

可能性としてはその方に気をつける方がよっぽど現実的です。

(体に悪いというのは自閉症の原因ということでなく)


何年か前にも、外国の文献で

「降水量が多い地域と自閉症の発症に関連がある」というような

発表がされていましたが、

これは原因を環境に求めたからだと思います。


このように、原因をこじつけようとすれば

いくらでもできるということを言いたいのです。


いろんな情報が得られる時代だからこそ

私達は「真実を見極められる目」を持つことが

重要になってきますね。









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「教えなくてもできること」と「教えないとできないこと」の違いは?

教えなくてもできること、と

教えなければできないことの違いとは?


例を挙げて見ましょう。


暗い部屋に入るとき、灯りをともすためスイッチをつけますね。

まさか、暗いまま部屋に居ることは無いはず。

部屋に入る時は、電気のスイッチを入れることは

忘れません。普通は。

なぜか?



それでは次に、

部屋から出る時に灯りを消します、普通は。

しかし、これは時々忘れることがあります。

なぜか?


またまた例を挙げてみます。

昔、実家で猫を飼っていました。

そのうちに外に出て行くのに自分でドアを開けて出て行くように

なるのです。誰も教えていないのに・・・。

しかし、閉めて行きませんが(笑)。


なぜ、猫はドアを開けるけど閉めないのか?

なぜ?

これらにはある共通点があります。


まず、暗い部屋に入ると電気をつけるのは

電気がつくと周りが明るくなり見えるようになります。

暗い→電気をつける→明るくなり周りが見える

となります。

電気をつけることで、明るくなり周りの状況が解るという報酬が

得られます。

その結果、電気をつけることが強化されるわけです。

ここで部屋に入る時に電気をつけることと周りの状況が解る事、ということの間に

関連ができます。これを随伴性といいます。

なので、誰から教えられることもなく電気をつけることを

覚えます。

しかし、部屋から出る時は、そのことと「電気を消す」ということの間に

関連性(随伴性)がありません。

つまり、部屋から出る時に電気を消すことでの報酬がない。

なので、電気を消すことを忘れてしまうのです。

猫がドアを開けて出て行くけど、閉めて行かないのも

同様です。

ドアを開けることで、外に出られるという報酬が得られる。

なので、ドアを開けるという行為が強化される。

しかし、閉めることにはなんの報酬もない。

だから、ドアを閉めるということが強化されないのです。


次の例を示します。

トイレに入った。

トイレットペーパーが自分が使ってなくなってしまった。

さてどうするか?

次の人が困らないように、新しいものをセットしておくかどうか。

新しいものをセットする人は

「人」を意識した行為になります。

セットすること自体は、何の随伴性がありません。


これから解るように

「教えなければいけないこと」とは

部屋から出る時は電気を消すこと、とか

次の人の為にトイレットペーパーを用意しなさい、とか

随伴性のないことについてなのです。

随伴性のあるものは教えなくてもそのうちに出来るからです。





















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娘に好かれる父親って

一昔前までは・・・


父親というもの


娘から汚いとか言われ、また


「私の服をお父さんの服と一緒に洗濯機にいれたくない!」などと


嫌われていたと、ニュースや新聞などで


言われていたと思います。



が、

最近はそうでもないと言われてきていると


訊いたことがあります。




では我が家の場合は・・・


娘、と言ってもまだ小学3年生の愛ですが


実は、


2年、いや3年位前から


”可愛がられて”います(笑)。


きっかけは解りません。


しかし、ある時から

「お父ちゃん、かわいいなあ!」と言われ


事あるごとに

「可愛い」と体をなでられる始末。


「一日中可愛いわー!」と

寄ってきます。

そういうことが一日に数回あります。


私の何が可愛いのかさっぱり解りません(笑)。


そして今日も

ニコニコして寄ってきます。


嬉しいような、けど忙しい時に来られるのもなあと

思いますが。


その内に、

「一緒に洗濯機にいれないで!」なんていう日が

来るのでしょうか?


それはそれで悲しい。
















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子育てにダブルスタンダードは無い!

愛に発達障害があると解った頃は、

福祉の世界では


「障害の全てを受け入れてください」

みたいな


要するに、その子のすること(癇癪であっても

問題行動と呼べるようなものも含めて)は

その子の「主張」であり、「魂の叫び」であり

親に訴えてるものだから、尊重せよと。

と言うような(ちょっと大げさかも)感じでした。


療育関係者がそう言うから、

親も「そうするのがベストだ」と思うようになり

何をしても受け止めなければということになり、

しかし大変だが仕方がないと、けど

問題行動の度が過ぎても

「この子はなんて自己主張出来る子になったんでしょう」と

自分なりに勝手な「解釈」をしていたんだと思います。

私も、やはりそういう考えでいかないといけないのかあ

と当時考えたものでした。


しかし・・・・

いろいろ情報を得るうちに

その考えに「違和感」を持つようになりました。


例えば、兄弟がいるとして

お兄ちゃんが健常児だとあれこれと厳しくするのに、

下の子に自閉症と解ると否や

その子から手を離し、一切の自由にさせる。

その子のやることなすこと全てを受け入れるようになる。

他人の物を壊しても

「この子はそうしたかったんです。解ってください」と。


そんなの世間が理解できるはずがない。


少なくとも、自分のことは別として

他人に迷惑になること(或いはなりそうなこと)について

ダメなことはダメ!と解らせないといけないのです。

それは、健常とか障害があるとかは関係ないのです。

子育ては基本同じです。

今日は熱くなってしまいました。



























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熱意

いろんなブログやツイッターを見てみると

発達障害児の親でありながら、いろいろな活動をされている人達が

います。

支援グッズをデザインする人。それを販売する人。

障害者の支援の為に自分で事業を立ち上げる人。音楽で啓蒙活動する人。

映画を作る人。父親の会のような親の会を立ち上げる人。

その他・・・・・・。


それらの人に共通することは、

「自分さえ良ければいい」と考えていないこと。

そしてそれを遂行しようとする「熱意」があります。


率直に、人として尊敬します。






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発達障害者の自立、「個人ではなく、全体で」できるように考える

今週は自閉症啓発週間なので、

ちょっと真面目な記事も書いてみようと思います。


先ごろ国が、障害者の雇用を増やす政策を発表しました。

しかし、現実はまだまだ一般企業に就職できる人は少ないようです。

それは、障害者も軽度から重度まで幅広いということもありますが、

それぞれの特性の違いもあり、それが就職先の企業の欲しい人材と

なかなかマッチしないということもあるのかなと思います。

発達障害については、

現在、一般企業よりも作業所と言われるところで働くケースが

多いのですが、賃金が安い為、収入が充分ではありません。


もし、

「一般企業で働ける人が増え、それにより税収が増えて

その税金を福祉に使う」ことができれば・・・・。

その一般企業に「働く人」が,例えば比較的軽度の発達障害者で、

その人達が納めた税金で重度の人の支援をしていく。

障害者個人が自立するのを目指すだけでなく

軽度から重度までの人全体を自立させるような世の中になって欲しいです。







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