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あいのパパ(管理人)、愛ママ、愛兄(大学生)、広汎性発達障害の愛の4人家族です。

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広汎性発達障害

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生まれてからのことを時系列にまとめました。

リンクしていたHPがプロバイダーの都合で
閉鎖になりました。
子供の経緯を少しHPに書いていましたが
無くなってしまいました。
それで、子供の生い立ちからを
時系列にまとめてみました。↓

2004.7    0歳   愛誕生。 特に難産でもなく、体重も普通
                                                        だった。
                      ただ、良く泣く子だった。

2005.7    1歳    なかなかハイハイできず、両手で体を
                ひきずっていた。
                足が自由に動かせない感じ?だった。
                単語もぜんぜん出なかった。

2006.1    1歳半  歩けるようになったが、検診では何も
                できず。
                市の親子教室に行くことを勧められる。

2006.4          親子教室に通い始める。
                
2006.7    2歳    依然として言葉が出ず。また、名前を
                呼んでも振り向かない。
                耳の病気か?と疑う。

2006.10         大学病院で耳の検査をするも異常なし。
                単語もでず、落ち着きも無く、わがまま。
                この頃より発達障害を疑うようになる。

2006.12       発達検査を受ける。言語療法の診察も
              受ける。 
              その先生より「この子は野生児」と言われる。
              なんごが出始める。


2007.1    2歳半    自閉症(中~重度)の診断を受ける。
                  (CARS 36.5  新版K式 57)
                   

2007.4               市の療育施設に通い始める。
                     単語が2,3出てくるようになる。

2007.6    2歳11カ月    ABA家庭セラピーを始める。
                     療育手帳の申請をする(B2)


2007.11     保育所に行く見込みが出てくる(変化のきざし)

2007.12     言語療法の先生から「見ちがえるようになった」 
            と言われるようになる。
            保育所に行っても大丈夫!と言われる。


2008.4            市立保育所に通う。(障害児枠)

2008.6        療育手帳の更新手続きするも却下される。


2008.9   4歳2カ月     発達検査を受ける。
                    (CARS 29  新版K式 80)
                  診断が広汎性発達障害に変わる。

2009.4             保育所年中組(障害児枠)

2009.10            発達検査予定


      

          


     

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周りを意識する?

先日、ABA講習会があったが
できるはずの課題がことごとくできなかった。

自宅と違い、会場で周りで人が取り囲んでいるので
恥ずかしいのか、何かが気になるのか、緊張して
何か固まった状態になっていた。

このところ毎日課題をしていた訳ではなかったので
忘れてしまったのか?と思ってショックを受けたが
家でやってみると、出来ている。

しかし、どんな状況でも出来なければダメなのだ。

それを汎化という。

今まで走りすぎていた課題を反省して
もう少しゆっくりと復習していくことにしよう。

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気持ちがストレートに出過ぎる

愛の、愛兄とのかかわり方を見ていると
見えてくることがある。

私は普段愛に、「自分が、イヤだと思ったらはっきりイヤと
言いなさい」と教えている。

愛兄はよく愛にちょっかいを出したり、ふざけたりしてからかっている。
愛も喜んでいる時はいいのだが、だんだん度が過ぎてくると
愛も嫌になってくる。

そしてついに、「やめて!」とか「いや!」とか言うのである。

自分が嫌だと思う事や、不快に思うことをされたりしたら
イヤ!と意思表示をするようになったのはいいのだが、
嫌なことを人からされていなくても、自分が不快な気持になったら
イヤ!と意思表示をするようになった。

例えば、愛の行く方向に愛兄が立っていた。
別に邪魔をしていた訳ではないのだが、愛は「どいて!」と
強い調子で愛兄に言った。

愛兄にとっては、たまたまそばに立っていただけなのだが、
激しく「どいて!」と言われたらたまったものではない。

このようなことが、保育所でも起こっているのではと
思われる。
もしそうなら、クラスのみんなは愛にいい印象を持つはずは
ないのである。

相手の気持ちをどのように理解させていくか・・・・・
んーむずかしい!








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会話のやりとり

ここ数日、会話ネタが続いているなあと
ふと思った。
今の愛は、自分の知りたいことを相手に訊くことは
できるのだが、相手が返答したことを理解できないことが
ある。
いろんな語彙を覚えてきたが、場面にあった使い方をしていない
こともある。
その為、会話がちんぷんかんぷんになることも。
場面にあっていても、ふさわしくない言葉で返してくることも
ある。
本人は悪気はないのだが、ちょっと乱暴な言い方をすることも
ある。
愛の事情を知っている人にならそれでもわかってくれると
思うが、初対面の人に対してだったら変に思われるのではと
ヒヤヒヤする。
ぜんぜん知らない人にも気軽に話しかけること自体、相手も
びっくりすることなのに・・・・・。
ただ、相手がお年寄りだと逆に歓迎されることもあるが・・・。

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障害と個性の違いは?

どこまでが”障害”でどこからが”個性”というのか?
人によって障害もさまざまで個性もさまざま・・・・・・。
なかなかその境界は難しいと思います。

それを判断する側もまた様々です。
100点満点のテストで50点をとったとします。
その評価を”50点も取ったじゃないか”と思うのか
”50点しか取れなかった”と思うのか。
後者の評価は減点法で子供を見ているのではと
思います。
”障害”というのも同じで
減点法で子供を見ると”障害が多い”のではないかと
”錯覚”してきます。(客観的な評価が必要です)
子供を減点法で評価すると親がしんどくなってきます。
やはり親も子供の目線で、あれができた、これもできるように
なった、などいっしょになって喜ぶことは必要だと思います。
その中で、出来なかったことができるように
あせらずゆっくり教えていかなければなりません。
以前、ある医師が「支援が必要なのが障害、必要なければ
個性」と言っておられました。
確かにその通りだと思います。











 

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会話

愛と簡単な会話はできるが、会話のやりとりはまだできない。
私が「~した?」とか訊くと、「うん」、「ううん」、「~した」などいわゆるイエス・ノー
の返事が今のところ殆どである。
逆に、相手に訊いてくることもある。
愛兄はよく忘れることがあるので、そのたびに愛は「~した?」など
お兄ちゃんに向かって注意するのだ。
ただ、そのような訊き方が状況に間違っている場合がある。
私が愛と一緒に風呂に入って、これから体を洗おうとしている時にも
「体洗った?」と訊いてくることがある。まだなのに。
また、「~した?」と訊いてくる以外に、「~して」(要求)と言う事もある。
愛は、いつもみんながしていることを覚えていて、しないと気になるような
軽いこだわりを持っているようだ。
だから「~した?」「~して!」などをよく言うのだと気付いた。

しかしながら、語彙は保育所に行きだしてからすごく増えた。
こんな言い回し方、どこで覚えたんだろうと毎日びっくりしている。
ほんの少しではあるが簡単な会話のやりとりもできるようになった。
この前、愛がビンのふたを開けようとしたがなかなか開かなかった。
私に「あけて~」と持ってきた。
私はわざと、「どうして?」と訊いてみた。
すると愛は、「かたいから」
こういう会話は状況にあった使い方だなあと思う。
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「何かおかしい?」と気付いた理由

最近、自閉症を取り上げた番組やドラマがよく目につくようになってきた。それはそれで歓迎できる。ただ、ドラマはそのドラマでの自閉症の印象が残ってしまうことがある。「自閉症はみんなこうなんだ」と。しかし、それは違うのだ。自閉症の子は10人いると、10人共違うのだ。愛の場合、視線は合っていたし、わざと違う道を通ってもパニックにはならなかった。また、愛きょうもあり、よく笑う。では、なにが違うのか?言葉の遅れがはっきりしていた。1歳半検診で何もできないことより、なん語さえ言わなかった事が気になった。2歳までには言葉が出るだろうと思っていたが、甘かった。2歳を過ぎ、ようやくなん語らしきものが少しでてきた。このころから、おもちゃのカート(車の乗り物)に興味を示す様になった。しかし、カートに乗ろうとせず、ただ離れて寝転がり、眺めて「きゃっ、きゃっ」と喜ぶ。それが30分は続く。初め愛ママと「パトカー(カートはパトカーのデザイン)が好きなんだあ」と言っていた。しかし、よく見ると、カートのタイヤだけを見ていた。(これを自己刺激と言うのだと言うことを後で知った)買い物に連れていくと、一人で走ってどこかに行き、まいごになる。電車に乗っても、15分も経てば癇癪を起し大声をだす。これでは外出もできない。ついに、大学病院で診てもらう事にした。
もし、言葉の遅れがなかったら障害に気付くのが遅れていたと思う。

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自閉症は治るのか?

以前、「わが子よ、声をきかせて」(キャサリンモーリス著:NHK出版)を読んだ。実に勇気づけられる本だ。この本で著者は自閉症が治ったと書いている。あとがきで日本の小児科医が、自閉症が治るというのは信じられないとコメントしている。このことをどう捉えるか? 私の考えは、自閉症は治らないと思っている。ただ、限りなく健常児に近づける事は可能であると信じている。
外国と日本ではこの本に対する感じ方が違うのだと思う。
日本人は几帳面なので、「治る」というからには100%治癒することを意味する。外国では、8割か9割の回復でも「治る」という単語を使うこともあるのだ。この本を批判する人もいるが本の本質を理解するべきであると思う。

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