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原因を探ってみる

1か月前に

愛の1歳前後の頃のビデオを注意深く見て

何か気付いたことはないかを書きました。


今回は他に原因となるものはなかったか、

思い出してみました。


愛には4つ上の愛兄がいます。

愛も愛兄も同じように育児したつもりです。

特に愛兄は食物アレルギーがあるので

食べ物に気を使っていました。

小麦をはじめ、乳製品、などは特にです。

なので食べ物が原因とは考えられない。

我が家の方針でDSやPSなどゲーム機もありません(めずらしい家かも)。

ついでにテレビも子供にはほとんど見せていませんでした。

なのでこれも原因を求めるには弱いですね。

ということは、やっぱり先天性の障害だと言わざるをえないですね。

うちの家には民間で言われているような原因はあてはまらないのです。











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これが騙されやすくなる原因か?

昨日の記事の続きになるかもしれません。

うちの子に数の大小の理解に難があると

昨日の記事に書きました。


このまま、理解出来ずに大きくなるとどうなるのか?

例えば、

買い物に行ったとします。

品物の値札を見て、表示された値段の通り

財布からお金をだして支払うことはできると思います。

しかし、値段の比較(類似品をみて安い方を選ぶとか)が

できないでしょう。

それだけならいいのですが、

わざと高いものを買わされることだってあるかもしれません。

値段の大小が理解できないと

騙されやすくなるのではないか、と考えると

ちょっと心配です。


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夏休みの学習、弱点は克服されず。残念!

夏休みに行っていた苦手な問題について。

数の大小を教えていました。

しかし、結局充分理解するところまで到達しませんでした。


もっといい方法を考えなくてはいけませんね。

数年経ったら理解できるようになるかもしれませんが・・・。


しかし、

筆算や文章題などは出来ています。

その理由を、このところず~っと考えていました。

おそらくこういうことではないかと思われます。


一口に発達障害の子といってもいろいろですが、

愛の様な子は

「パターン化された、マニュアルの通りにしていれば

事が運ぶようなこと」は結構できるのではないか、

ということです。

つまり、あまり考えなくてもその通りにしていればできること、は

できる。

あるいは、ある規則通りにやればそれでできてしまうようなこと、

でしょうか。


しかし、「なぜ、そうなるのか」という、考えないとできない問題には

弱いのではないか、ということです。


筆算や文章題はある程度パターン化されている。

こういう時はこうするとか、この場合はこうするとか

決まりがあってその通りにするだけで答えがでる。

そういう問題はできるのではないかと思います。


3+4=という問題で考えてみることにします。

3+4から7になることを教えますが、

「どのように7になるのか」を教えると理解できますが

「なぜ7になるのか」を教えて理解させるのは難しいのではということです。

ということは

障害児の勉強を教える時は「なぜそうなるのか」よりむしろ

「どのようになるのか」を念頭において学習させるほうが

いいのかもしれません。

少なくともうちの子の場合ですが・・・。

本当はなぜそうなるのか、を理解出来た方が学習の幅は広がるんですけどね。













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生まれてから1歳ごろまでのビデオを見て気づいたこと

先日、愛の昔のビデオを

たまたま観る機会がありました。

それは生まれてから6カ月くらいまでの頃の

映像でした。

その当時の愛の様子から

今、何か判ることはないか

手がかりはないかと注意深く

観てみました。


その映像は、

愛が6カ月頃、まだハイハイはできませんが

うつ伏せになり足をバタつかせて

首を持ち上げて、腕を伸ばして時折

「ひこうき」をしている状態でした。

そこで、愛兄が愛に絵本を見せながら

愛に読み聞かせをしているのですが、

愛は、愛兄の読んでいる本に目を向けていました。

はっきりと本に注意を向けて聞いている、少なくとも

そのように見えました。


それから1年も経たないうちに

絵本の読み聞かせをしてもちゃんと聞いてくれなくなるのに。

他にも1歳位までの映像では見た目には何も変わったところは

見つけられませんでした。

顔の表情も豊かで、

くすぐったら笑っていました。


ということは、

愛は生まれて1年位は、表面的にはさほどめだったことはなく

しかし、なんとなく「育てにくい子」(愛ママ)だったようです。


1年を過ぎてからは、

顔の表情にも変化が表れ

笑顔が無くなります。


この急激な変化はなんなのでしょうか。

脳の中でどのような変化が起こっていたのでしょうか。

その頃はまだ何も知識がなかったので

何がなんだか判りませんでした。

1歳までのイメージがあるから

変化があっても対応の仕方が判らなかったのだと

思います。

















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「特性」かと思っていた娘の行動が、視点を変えると「成長」と捉えることができる。

今日から火曜日まで1日置きに休みが入ってます。

ところで、

2,3日前に愛と風呂に入っている時の会話です。

愛は私が仕事から帰ってくるといつも

「今日は何人やった?」とか

「今日の昼ごはんは何?」と

必ず聞いてきます。

それで、2,3日前も同じように聞いてきたので

私はいつも通りに答えていました。

すると、さらに

「お父ちゃんの昼ごはんは多い?」と

聞いてきたので

「うん、弁当になってんねん。これくらいの」と

言いながら手で弁当の大きさをゼスチャーで示しました。

そしたら、

「愛ちゃんが入ったプール、これくらいやった」と

愛も学校で入ったプールの大きさを手でゼスチャーしていました。

それを訊いたとき私は、

「また、話が跳んじゃたなあ」

くらいにしか思っていなかったのですが、

よく考えてみると、

「大きい」という共通のテーマで会話していたんだ、

ということに気づきました。

愛は弁当の大きさからプールの大きさを連想していた、

つまり「汎化」ができているということになります。

別の例では、

食事中に愛が愛ママにオカズなどを

お代わりしてほしい時、「ほらっ!」と

空になった容器を見せたりするのですが

これもよく考えると、

「共同注視」がよく表れていると気づきます。

共同注視とは、ある情報を他人と共有することです。
(「あっ、飛行機!」と叫ぶ。「ねえねえ見て」と他人を意識した話し方をする)


愛の場合、これらは割に早くから出ていましたので

真新しい訳ではないのですが、

特性かと思っていたことでも、見方を変えると

新しい発見・・・・・・成長の証を感じることができるのでは

ないでしょうか。













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会話に無理やり入ってこようとする

今日の夕食時、

愛兄がサッカーの練習内容を話していて

私たちは聴きいってました。


そこへ愛が、

「ほんでなあ・・・」と言ったので

愛の方へ視線を向けると・・・・・


愛兄の話の内容とは関連のない全く別の話でした。


それでも愛が一生懸命に話しているから

それについて受け答えはしましたが。


しかし友達だったら、と思うと

やっぱり考えてしまいますね。

こういうところから

ほころびがでるんですね。













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「ぼけ」と「つっこみ」が両方できる貴重な小学生。

いつも愛から突っ込まれている

私たち家族。


今日も

愛から「今日は(職場のスタッフは)何人?」

と訊かれたので、

「う~ん、6人かな?7人だったかな?」

と答えると、


「7人に、しときーや!」


「いや、それやったら、なんで訊いてきたの?」

とみんなから突っ込まれていました。


突っ込み、突っ込まれ

の毎日です。


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校門でいつも「おはよう!」

毎朝、愛の登校時に愛ママが付いて行っています。

そして、学校の校門の前まで来ると

守衛の人に

「おはよう!」と元気にあいさつします。


今日もあいさつしていたそうです。


今日は午後から

個人懇談がありました。


いったん帰宅して

昼ごはんを食べてから

また学校へ愛を連れて愛ママが行ったそうです。




すると・・・・・・




また校門の前に来た時、守衛の人に


愛は元気に


「おはよう!」と。






・・・・・今、何時やねん。





懇談の内容は


これから愛に教えて欲しい勉強は

あるかとか、家で何か支援していることは?

など先生から訊かれたそうです。

まあ、まだ先生も把握できていないのは

当然なので

懇談と言っても

大したことは話してません。

























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カルタと短期記憶

”正月”といえばカルタですね!

ということでカルタの話題です。

この前、といっても12月のことですが

「ばばばあちゃん」のカルタを愛とやっていました。

7922b3bb.JPG





このカルタは以前から何回もしているので、

愛は覚えているものもあります。

その場合は、私よりも取るのが早い!

しかし、全く反応を示さない時もあります。

今回、読み役を私、取るのを私と愛でやってみました。

(私は2役しました)

私が読んでる途中で

愛がもう探し当てて取ることがありました。

もう、つづきの句を覚えているのかな?と思っていたところ

どうやら句を覚えているのではなく

絵を覚えているのだ、ということが判りました。

当然、覚えていない絵や句だと何も解らない訳です。

何も解らないというよりも、

全然見当違いのカードを取ってしまうこともありました。

例えば、

「犬も歩けば棒に当たる」という句だとします。

上の句は「犬も歩けば」で下の句は「棒に当たる」だとして

取るカードは句の最初の文字である犬の「い」を取るのですが

愛は「ぼ」を探そうとすることがあります。

「棒」の「ぼ」ですね。

つまり、下の句を読んでいるときに上の句はすっかり

忘れてしまうんですね。

それで下の句から文字を探してるんです。

だから、とんちんかんなカードを選ぶということに

なるんですね。

原因は判りましたが、

さて、そのままにしておくか?

何か対策を立てた方がいいのか?

思案中です。




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竹田 契一先生とニキリンコさんの対談から

JDDネット年次大会、次に聴いた講演は

竹田 契一先生とニキリンコさんの対談でした。

対談といっても、机を2つ並べて(向き合ってでなく)の対談でした。

ニキリンコさんは帽子をかぶり、サングラスをしての登場でした。

対談が始まるまで、ニキさんは

目の前に自分の著作である「自閉ッ子シリーズ」が数冊

置いてあったのですが、それらを横にしたり縦にしたりそわそわ

していました。

さて、対談が始まりました。

ニキさんが竹田先生の研究室(当時は大阪教育大)を

訪れたのは今から12年前だそうです。

ずいぶん前からの知り合いだったんですね。

以下、竹田先生をT、ニキさんをNと略します。

T「アスペルガーはよく人の気持ちが解らないといいますが、

実際は違うんですよね、1か0かではない」

「懐中電灯に例えると、人により照らす範囲がちがうんです。

広範囲を照らす人もいれば、電池が切れかかってちかちかしてる人も

いる」



・顔を見分けるのが弱い?

T「Nさん、私ってすぐに判りますか?」

N「顔ではなく、姿、声で判ります。そこで会う予定の人だと

姿を見たら、その人である確率が高いと判断します。」


T「昔は耳栓をいくつかもっていましたよね?」

N「ええ、4つ持ってました。色違いの。」

T「なんでそんなに持ってたんですか?」

N「先生の所に行くときに迷わず行けるように、電車を乗り換えるときに

耳栓を付け替えるんです。そしたら、迷わないので。」

T「今ももってるんですか?」

N「今はパソコンで行き方を検索して印刷できるので

それを使ってます。耳栓はもってません。」

T「このようにASDの人は学習できるんです」

N「先生の研究室の換気扇の音がだめで、耳栓をしていましたが

換気扇を止めたらいいことに気付きました。(笑)」

・”怖いもの”は”面白いもの”に

N「家のトイレはTOTOでした。学校のはINAXだったんです。

それで学校でトイレに行けなかったです」

T「文字を隠したら?」

N「隠しても、形がびみょーにちがうんです!」

(たしか、そういう違いは”怖い”という感覚だと言っておられた)

T「ずっと、だめ?」(のような発言だった)

N「前は怖かったけど、今は面白い」

T「ほう、どうして?」

N「怖いものは時がたつと面白いものになるんです。

だって”怖いもの見たさ”ってあるでしょ」


T「通販カタログが好きなんですよね?」

N「数冊持ってました。」

T「郵便受けで通販カタログが入っているのを見ると

その場で最後まで見てしまうそうですね。」

N「そうなんです。そして自分が出ていくところか帰ってきたところか

判らなくなってしまう」

T「自分は何をするつもりだったのか、判らなくなってしまう」

N「それで、今は足先をどちらかに向けておいてそれを見て、出ていく途中か

帰ってきた所だったかを判断してます」

・自閉同士でしか解らないジョークがある

N「会社や番組のロゴマークが面白く感じます」


ここに挙げたのはほんの一部です。
しかも多少ニュアンスが違っていたかもしれません。

中には本で紹介された事柄もあるかもしれません。
(私はニキさんの本を全て読んだわけではないので判りません)

竹田先生は最後に・・・・

「いじめにあった」と20回、先生に言いに来た子がいたそうです。
しかし、その先生はそのたびに「あれはいじめじゃないんだよ」と
その生徒に言って聞かせていたそうです。(もちろん事実を調べて)

しかし21回目のいじめらしきことがあったとき・・・・

その子は自分で「あの先生が言うのだから、たぶんいじめじゃないだろう」と

自分で判断したそうです。

これが竹田先生が一番言いたかったことですね。















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